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先人たちのように

どんな危機が来たとしても、「学び」は独立しているべきだと思っています。

学びは奪われてはいけないし、時代の風潮に支配されてもいけない。
何かに利用されてもいけない。

「学び」とは、「先人たちが残してきた「まだ知らぬものへの探究のバトン」を受け取って、より大きく探究の扉を開けること」なのです。

まだ知らぬことに疑問を持ち、持ちうる知識を組み合わせ、時に知識を増やし、「?」を「!」に変えていく。その瞬間にある喜びこそが、学びの本質だと思っています。

そうした体験を行えるのが学びの場。
そんな尊いものを、奪われてはいけない。

2020年度はまもなく終了します。
私たちにとっては、不変な場を実現し続けられるよう、考えて、走り続けた一年になったと思います。

・映像授業をスタートさせました。
(進捗を電話で追いかけ、生活習慣が崩れた生徒を立て直せるよう、微力ながらもサポートさせていただきました)

・ホームルーム動画の配信も行いました。
(陰鬱とした気分にならないよう、生徒たちを励ますよう、元気になる動画を配信していました。)

・zommを用いたクラス会も行いました。

さらに、
・zoomを用いての保護者会、受験説明会

・過去問指導動画の配信

・モノグサアプリを用いての基礎学力の定着サポート

まだまだいろんなことがありました。

消毒の徹底は当たり前のこと、お弁当の際は教室に常駐して、生徒の様子をよく見ていました。
子どもたちがたくさんいるのに、声が聞こえないということに違和感を抱きながら、コロナを恨みました。

「子供らしさ」というものを一言で定義はできませんし、決めつけるつもりもないのですが、子どもたちの笑顔が減るのは納得いきません。
(だからといって、自分に何ができるわけでもないほど無力であることすらもわかっているから、より情けなくなってしまうのですが…)

「それでも、子どもは置かれた環境で慣れていく」

という言葉はありますが、私は「そうですよね」と納得はしたくない。
それは、大人から見た表現だし、なにより諦めている感が否めないから。

私が子どもたちに臨むのは、喜怒哀楽をいっぱい刺激して生きてほしということ。

学問の探究ということもありますが、そのベースを作るのが、喜怒哀楽の刺激だと思っているのです。

新しいことを知って、「おぉ~!」
難問を解いて「やった~!」
時に出来なくて、「くそぅ…」
負けず嫌いで泣くのも大いに結構。素直に受け止めて、いろんな感情を実感しつつ受け止めていくことが、その後の成長にも大きく作用していくと思っています。

喜怒哀楽をいっぱい刺激すると、最後に残るのは何か。
それは「楽しい」というものだと思います。少なくとも私は。

だから、「学び」で「楽しい」と感じられるよう、今後も精いっぱい尽力してまいります。

本日、東京で過去最多2447人の感染者が出たと報道がありました。

今後も学びの場を守るため、最大限の努力をしていきます。

そして、様々な危機を乗り越えて、学びのバトンをつないできてくれた先人たちのように、子どもたちの好奇心、探求心を刺激できる取り組みを続けてまいりたいと思っています。

(内田)