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[巻頭言2014/06より] 未来を見る

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年06月号)

未来を見る

 先日、高校のクラス会があった。クラスメイトたちと久しぶりの再会。今回の最大のトピックスは、東京大学大学院教授Fくんの紫綬褒章授章(もちろん学術分野での授章で芸能分野ではありません)!! みんな知らなかったので、先生へのご報告という形でのサプライズを仕掛けさせていただいた。

 彼のように大活躍するクラスメイトは例外的な存在かもしれないが、昔の友達たちとの時間は、誰しも特別なもの。会うだけで気持ちも若返り、それぞれの近況を聞き、元気も出る。そして旧交を温めに参加できる立場にいる自分の、今ある幸せを感じる。今年初めに大学の同じ学科の連中と集まったときも同様だった。

 そんな大切な友達、思い出すだけで元気が出る親友たちのことや、その親友たちに初めて出会ったときのエピソード。高校時代に挑戦した思いで、若き日の過ちも含めて、反抗期のお子様に語っていただきたいと願う。中学生たちにとっては、これから出会うはずの本当の意味での親友の存在。反抗期の時期は今だけしか見えていない時期。そこから抜け出すには、少しずつ未来を見る気持ちを持つことが重要。子供も大人も、完了した過去にとらわれず未来を見続ける人だけが成果を残す。

 高校生たちにも、大学で知り合った同じ道を志した友達たちとの思い出、大学で学ぶとはそもそもどういうことなのか、そこにだけにある素晴らしいものを、過去の失敗も含めて、肯定的に語っていただきたいと願う。未来が明るく楽しく元気の出るものでなければ、そこに進みたいという気持ちを生み出さない。

 親として、子供に確信をもってぜひ伝えてましょう!! 「君の未来は素晴らしい、素敵な時間が必ず待っている」と!

※この内容は2014/06塾だよりに掲載したものです。
 親は子供に、「そんなことしていると、大人になったら大変」「~しないと、将来困ることに…」というような声のかけ方をしていないだろうか。
 否定語は、脳にブレーキとして働くということは、この「巻頭言」でも繰り返し取り上げてきた。確かに小さな子供に、やってはいけないをダメだと教えるには、非常に効果がある。例えば、赤信号に気づかない子供に「ダメ」と強く手を引くなど、危険な場面で不注意な行動をとらないために、強い否定語と物理的な痛みを記憶させることで、行動が抑止される効果があるのだろう。
 だが、勉強などの成長へのチャレンジが必要なことに対して、その声のかけ方では、結局はブレーキにしかならない。嫌な体験としての記憶が積み重なってしまう。反抗期になると親の言う通りには動かない。それでも親が無理やり押さえつけようとしてしまうことで、様々な問題が生じるのが反抗期の構図であろう。
 「未来は大変」と言い続けられた子供たちは、「そんな未来なら行きたくない」と思うようになるに違いない。
 勉強などの成長への挑戦は、壁に挑み乗り越えていくことが必要となる。その原動力は、壁の向こう側に行きたいという気持ちである。強く行きたいと思う気持ちが、頑張れは乗り越えられると信じる気持ちとともにあれば、強い行動を生み出すはずだ。
 そのために、待ち受けている未来がどれだけ素晴らしいものかを伝えることが、親の役目であろう。それは、勉強の先に待っているもの、大学から先で学ぶ専門的な学問の素晴らしいさでもよいし、高校からの友達との出会ったときの話でもよい。自分で努力して拓いた未来なら素晴らしいこと、大人になって、例え苦しいときがあっても、頑張っている瞬間が充実していることなどを、そのまま伝えればよいはずだ。
 まず、親が子供を信じなければ、子供を信じてくれる人は誰もいなくなってしまう。「君の未来は素晴らしい、素敵な時間が必ず待っている」ことを確信をもって伝えていきましょう。

[巻頭言2014/05より] 挑戦します!

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Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年05月号)

挑戦します!

 東進の林修先生の講演会、お蔭様で大好評だった。テレビレギュラー6本の引っ張り凧、当然、東進の授業も全国であり、一年の半分以上をホテル住まいのお忙しい中、1年前からスケジュール交渉をして、来ていただいた甲斐のある内容だった。

 控室で、いろいろとお話しした。さすが、真面目で謙虚なお人柄。ずっと教育論などを熱く語られていたが、折々に頭の回転の速さを感じるとともに、高い志を感じた。

 終始、考えることの重要性を解かれていた。自分の頭を使って考えることが大切で、その結果として点数に繋がっていくような勉強が本物の勉強。頭を使って考えずに点数だけとることを狙うようなやり方でもある程度の大学までは合格できるのかもしれないが、その先の社会に出てからは役に立たないと力説されていた。いわゆるパターン学習のような受け身の学習が後者にあたるのだろう。

 しかし本物の勉強を伝えることはとても難しい。ハッと閃いたり、わかって解決したりする、その瞬間のためには、その前に試行錯誤が必要だ。自己選択感が達成感ややる気の大きなカギを握っていることは、ご周知の通り。

 周りができることは、そのキッカケを用意すること、考えて立ち向かうのが当然であるような場を用意すること、そしてその経験の喜びを増幅すること。

 林先生は「教育は人(教育者)を育てるシステムがない最後の領域」と、ドラッカーの言葉を引用されていたが、敢えて、その教育者を育てること、スタッフたちを成長させることをテーマにチャレンジしたい。

 知の体験と興奮が次への意欲を生み出し続ける場の創出を目指します。

※この内容は2014/05塾だよりに掲載したものです。
 今もTVなどでご活躍の東進衛星予備校の林修先生に来ていただいての講演。ちょうどまさに「いつやるか、今でしょ!」がブレイクした年だった。その、ものすごくお忙しいスケジュールの中、来ていただいた。あまりにも忙しいので、東進での予備校の先生としての契約以外は、専門のタレント事務所と契約されたそうで、すでに簡単にスケジュールがとれなくなっていたのだが、その前からの約束ということで、きちんと義理堅くお時間をとっていただけた。
 保護者のご期待も最高潮、予約受付直後に満席、キャンセル待ちになり、当日、大きな会場が超満員となった。
 控室でも、お時間を結構とっていただいて、いろいろとお話しできたが、とても真面目なお人柄がよく伝わってきた。林先生は、実は理系が得意で、東進でスタートするとき、英語か数学の先生でという話になったが、予備校の世界ではどちらも物凄いレベルの人たちがいる、自分が勝てるのは何かと考えてて現代文を選び、そこで一番になるように努力したとおっしゃっていた。林先生は、今でもTV番組に出演するときは、事前に必要な知識を十分に勉強してから臨むのだと聞いている。
 のちにTV局関係の方の裏話で聞いたが、林先生は、ブレイクしてあちこちのTV番組の引っ張りだことなったとき、TV局のスタッフの方たち、とくに制作や裏方の方たちにもとても丁寧な態度で接していたのだという。その真摯な姿勢と努力が、その後の縁をつなぎ、今の大活躍へとなったのだろう。
 この講演のときも、いわゆるウケ狙いで、どこかでポーズをとって笑いをとるのかと見ていたが、最後まで、真面目に熱意を込めて教育を語っていただいた。
 講演を終えて帰るエレベータに乗るときに、保護者に連れて来られて会場外の待合ロビーで時間待ちしていた小学生たち何人かが、スタッフにそそのかされて「林先生、いつ帰るの?」と声をかけたとき、はじめて「今でしょ!」と笑顔で応じていただいた。

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控室でお願いした記念写真。
「ポーズの手の角度にコツはありますか」とお聞きしたら「ないです」とのこと。
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全国統一小学生テスト

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日曜日の全国統一中学生テストに続いて、今日は全国統一小学生テスト開催

とくに小学1年生や2年生にとっては初めてでドキドキでしたね。
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頑張りました!
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[巻頭言2022/10より] 民間教育の向かう先を決めるもの

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2022年10月号)

民間教育の向かう先を決めるもの

 先日、ある学習塾・予備校の業界誌の座談会に招聘された。学習塾・予備校に限らず私教育の中で、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)やDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術変革)などを中心に、これからどうなるかというテーマ。難しいテーマで、そもそも、それを論評する立場ではないと思うのだが、この業界のトップたちは、感覚的な話を語りたがる人が多いので、客観的な立場から、論理的な意見を述べよという要請(苦笑)。

 その要請に応えられたかはさておき、確かに、他の世の中の変革の中で、教育も、時代の変革を止めることはできないだろう。オンライン学習などで、コロナ禍が、教育における時代の速度を一気に速めたとも言われている。AIを利用した学習システムも、一気に登場した感がある。ただ、まだまだ今は過渡期であり、方向性を模索していて、定まっていない時期だろうと考えている。

 座談会の中で、一つ大きな違和感を覚えた話題が、LMS(ラーニング・マネージメントシステム)だ。次世代学習管理システムなどと呼ばれ、学習進捗管理を目的とするもの。確かに指導する側からすれば、進捗を確かめるための無駄な労力が省かれ、子供たちを正しい方向に導くことに集中でき、ツールとして非常に優れている。だが、学習時間を管理できることを活用して、家庭の時間のすべてを管理してほしいという親のニーズがあるというのだ。はたして中高生で、家庭の時間をすべて管理されたいと思うだろうか。管理されて点数をとったとしても何が成長するのだろうか。「ベビーシッター」に管理されなければ動かない大人に育てようとしていることに他ならない。それは、親の真の願いではないはずだ。

 民間教育は、親の近視的なニーズに迎合しがちである。全ての保護者が、しっかりと教育の「本質」に向かい合い、子供の自発的意欲を育ててほしいと願う。

※この内容は2022/10塾だよりに掲載したものです。
 10月もあと3日。塾生の保護者の皆さまには間もなく11月の塾だよりが届く。したがって、この10月の巻頭言は、月遅れのバックナンバー。
 座談会の本題は、以下に誌面全文を紹介させていただいている( http://www.randomwalk.jp/kan/ ) ので、もしご興味があれば、そちらをご覧いただくとして、「座談会」について少しネタ晴らし。
このときは、都心のある大会議室。塾予備校業界からの3人に加えて、進行や話題を振るファシリテーターとしてお一人、そして編集長。コロナ対策で、ものすごく広い会議室(シアター形式なら150人、長机のスクール形式100人、ロの字でも50人くらいの規模)にわずかに5人。コロナ禍以降、オンラインの座談会取材なども経験したので、逆にちょっと新鮮。
 途中で休憩を何回か挟み、脱線やオフレコの話なども入っての長丁場だった。
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 出来上がった誌面では、他のお二人よりかなり多い割合でしゃべっているように読めたかもしれないが、実際の時間では、それほど長い割合をとっていないと思う。またきちんと整理して、格調高く(?)話しているようになっているが、実際には少々乱雑で、まとまっていない話をしていたかもしれない。原稿は、録音(念のための複数のICレコーダーが真ん中に置かれている)を後でライターの方が原稿に起こしていただいてできるのだが、このライターの方が凄腕だったからだろう。
 こうしたライターの方の書き起こしが入るのは、話す側にとっては気が楽である。伝わりにくい部分は何度か言い直せば、あとで必要な部分以外はカットしてつなげてくれる。それに対してTVの生放送はそうはいかない。毎年の入試当日のTV解説は生放送。最後の出番は、終了時間が決まっている。しかも前の解説は結構時間が前後して、やってみなければわからない。一度、持ち時間の半分くらい超過して出番が回ってきて、なんとか時間内に収めたことがあったが、生放送の緊張感の中で、大変な思いをした。
 単独のインタビュー記事の場合も、書き起こしとなるので気が楽なのだが、初めからそう思ってしまうと、緩く油断して構えてしまうのでいけない。東進の林修先生は、TVで大活躍されているが、そのために事前の「予習」に物凄い時間と力を入れていると聞く。見習って!、とまで自慢できる話ではないが、最近は、事前に骨子を整理してから話すようにしている。
 座談会では流れ次第となり、そうはいかない。その場の流れと先の展開を考えて、話しを即座にまとめなければならない。いわゆるメタ認知が強く要請される。
 それはまるで当塾の「対話参加型授業」。先生が台本通りしゃべり、生徒が聞くだけの受け身型の授業とは一線を画すものだ。ただし教える側の瞬間瞬間の判断と対応力が重要になる。若い先生たちが、授業準備を一生懸命取り組んでいる様子をみると、その成長の可能性を感じて心強い。

 塾業界を代表する“鉄”人(笑)、少し早く着いたのでコービーを飲みながら電車を見てから行きました。ただし、藪蚊の餌食に…。
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[巻頭言2014/04より] 習慣化

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年04月号)

習慣化

 入試、発表、卒業、そして新しい出会い。慌ただしい行事とともに3月が過ぎていった。塾では3月が大きな節目だが、学校では4月、生徒たちは新しい環境に進むことになる。新しい挑戦は、大きなストレスを伴うことが多い。早く新しい環境に慣れて、活躍してほしいと願う。

 さて、つい最近、脳科学者の方から聞いた話だが、自分の意思で脳が働き、行動が起きるというのは、脳科学の実験では、あまり正しくないらしい。ついつい『意志⇒脳の反応⇒行動』のように、自分の意思、思考が、脳をコントロールして、その結果行動が起きると思いがちだが、そうではないという。

 脳の外科手術を必要としている患者の許可を得て、脳に刺激を与える実験をした結果があるのだそうだ。脳のある特定の部分をそれぞれ刺激すると、「手を動かしたい」「しゃべりたい」などのような思考が生まれるという。さらに強く刺激すると実際にしていなくても「手を動かした」「しゃべった」と思うのだそうだ。

 つまり『脳の反応⇒思考』の順に反応する。また、ほとんどの『行動』は『習慣』が支配していて、『無』意識に、潜在意識で起きるのだそうだ。

 ということは、潜在意識に透徹するまでの強い意志をもって、新しい『習慣』を創ることで、行動が変わり、考え方まで影響するということ。

 せっかくの新しい節目の季節。環境が変わることで、新しい習慣が作られる時だ。保護者の皆様、『よき習慣』を、お子様につけることを考えるだけでなく、ぜひ自ら創ることに挑戦してみましょう。

 4月12日に予定しています、「難関中学高校受験研究会Special Program」での林先生の特別講演会ですが、おかげさまで早々に満席締切となりました。ありがとうございます。

※この内容は2014/04塾だよりに掲載したものです。
 例えば、家を出て少し歩き始めてから、鍵をかけ忘れたのでは? と気になるときがないだろうか。テストを提出した直後に、名前を書き忘れたかもと心配になったことがある人もいるかもしれない。
ほとんど場合、そういうときは忘れてはいない。習慣で無意識に行動をコントロールしているとき、ルーティーン化された習慣通りの行動を再現し、予定外のミスはしていないことが多い。だから、ミスを防ぐには、習得の初期段階で、正しい習慣をつけることを徹底的するのがよい。
 それでも『確率論』的に生じる”小さなミスは防ぎにくい。一つ一つの手順を、『意識的に』確認しながら行動しなければミスを生じやすくなる。ただし、この『意識的に』というのは非常に難しい。毎回、確実に『意識的』に行動するには、意識を込めるための新たな『習慣化』をするのがよいだろう。いわゆるルーティーンを作る。
 中学生の頃、試験でケアレスミスを良くしていた。受験学年になり模擬試験などをたくさん受けるようになると気になってくる。見直しをするのだが、感触からたぶんできているだろうという潜在意識が邪魔をしてしまい、見直しが甘くなってしまっていたのだろう。あるときから、最初に戻って見直す最初に、記入した名前を一度消して、意識的に丁寧に書き直すことにした。すると見直しでミスをスルーしてしまうことが少なくなった。当時はそれは単なるおまじないかジンクスのようなもとと考えていたが、この仕事についてから思い出し、考えてみると、意識を変えるためのルーティーンのスタートの「儀式」として有効だったのだろうと推察できる。もっとも高校入学後にはやらなくなってしまったので、本当にそうだったのかはわからない。意識の状態を意図的に変える効果だったはずなので、「儀式」不要で切り替えられるようになれば意味がなかったのだろう。少なくとも、今やっても何の効果はないことはわかる。
 『意識的に』というのは心の状態で、具体的な行動ではないので、『意志』でコントロールしにくい。『行動』によって変えるのがよいということだ。
 こんな話を書いたのは、実は、今朝、家を出て少し仕事場に向かったところで、鍵をかけたかどうかが気になり戻ったからだ。もちろん鍵はかかっていた…(苦笑;)
 習慣化と意識的の両極端の並立。
 「有意注意」で集中して行動しよう。

[巻頭言2014/03より] 開花

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年03月号)

開花

 新年度、新学期スタートの時。新しい挑戦が始まる。学校では4月からだが、塾では3月から新学期に切り替わり、気分一新の時を迎える。

 新しい学校に進学する生徒たちは当然だが、学年が変わる生徒たちも、いろいろと環境が変わる時期だ。これからの一年でどれだけの成長をしてくれるだろうか。

 さて、脳科学では、最初の印象がその後に大きな影響を占めるということを何度かご紹介した。そしてその第一印象が決まるのは一瞬で、一度抱いた第一印象を変えるには、大きなエネルギーとたくさんの時間が必要なのだと言われている。勉強でも習い事でも、最初に好きを感じたものを自分に取り入れることは、好きではないと思ったものを取り入れることと比較すると格段に簡単にできる。この好きという気持ちは、本当の感情ではなく、思い込むだけでも効果があるのだそうだ。何ごともやる人の気持ちの持ちようである。

 ところが、指導する側の気持ちの持ちようでも結果が変わることが、脳科学の実験で試されている。指導者に、「この集団は優秀者である」「伸びる才能を持っている集団だ」と思い込むように、ランダムにダミーデータを与えて指導させ、追跡調査をすると、明らかに成績の伸びに差が出るそうだ。指導する側の期待や確信が、伸びを引き出す。生まれつきの才能だけではなく、環境が大きな影響を与えるのだ。

 この子は将来大きく伸びる、飛躍するはずだ、と信じて、期待を持ってひとり一人の指導に当たります。ぜひ、皆様も親として、その気持ちを持って子供と接していただきたい。いつか必ず成長して、才能が大きく開花します。

※この内容は2014/03塾だよりに掲載したものです。
 まず懺悔である。「指導する側の気持ちの持ちようでも結果が変わることが、脳科学の実験で試されている」と書いているが、この実験論文の引用元がわからない。引用を、きちんと書いていなかった初歩的な失敗。紹介しようと考えたのだが、できなかった。申し訳ない。
 替わりというわけではないが、それを探す過程の中で、関連はないが、少々興味深い論文を見つけたので、紹介しておく。
 dunning-kruger-recognize-incompetence.pdf (intrpr.info)
 ダニングクルーガー効果(Dunning–Kruger effect)と呼ばれているそうだ。
 「能力の低い人ほど、自分を過大評価し」「能力が低いということを正しく認知することができない認知バイアス」があるという。この研究は1999年に発表され、2000年のイグノーベル賞の心理学賞を受賞している。
 イグノーベル賞というと、古くは「たまごっち」も受賞し、つい、面白いが役にたたない研究や事柄の賞と思ってしまうが、この研究は、その後の広くさらなる研究につながっているそうだ。その論文を読むと、イグノーベル賞のイメージ(個人的な感覚に過ぎないかもしれないが)とは異なり、科学的な実証実験であることがわかる。
 論理学、文法、ユーモアの3つのテストを行い、その能力や得点の自己評価による予想と、実際の点数を比較したところ、多くは実際より高く評価をし、その乖離幅は最下位グループが最も大きかった(つまり非常に過大に評価した)。また最上位集団は、自己評価が低くなったという。また、その原因は、他人の能力や得点を正しく評価推定できないことで、能力が低い人ほど自分ができていないことを正しく認知できていなかった。反対に最上位グループでは、自分ができたことに対して、他人も同じように容易にできると思って、正しく自分の位置を評価できないことから低く評価する(ただし誤差は小さい)傾向があるらしい。さらに、他人の答案 (最下位集団では当然自分よりできがよく、最上位集団なら自分より劣る) を見せて予想評価させたあと、再度自己評価しても修正されなかった。
 ところが、メタ認知の訓練(上記の3つのテストとは直接の関連がないメタ認知訓練)をした後に、再度評価させると、両者ともに改善する傾向が表れた。つまり、認知の側の問題であり、メタ認知のトレーディングで改善できるということがわかったという。
 私たちの仕事は、その結果に対して、だからどうすればよいのか、が課題。この研究は、いろいろと改善のヒントになりうると思う。直接どう活かせばよいかは、もう少し研究してみないとはっきりとは言えないが。
 まずは、これに限らず、常に広くアンテナを張って、感度を上げておきたい。
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[巻頭言2014/02より] 受験は団体戦!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年02月号)

受験は団体戦!

 入試シーズンの前哨戦、序盤戦を終えて、いよいよ中盤戦から後半戦である。これがお手元に届くころには、中学入試はいよいよ最後の難関、都内入試と県内2次、高校入試は私立高校の後期入試から公立高校前期入試へ、大学入試は私大個別試験スタートの時期だろう。

 ここまで絶好調の生徒、第一志望をすでに勝ち取った生徒もいるが、なかなか望みの結果を残せていない生徒もいるはずだ。しかし、結果が出ない時こそチャンス。試練こそが人を鍛える。そして乗り越えられない試練は与えられない。

 試練の漢字の通り、試され練られている。鍛練の時、すなわち力が一番伸びるのは入試の本番の最中だ。その時の気づきや成長は、その時の試験では発揮できないが、それを糧にすれば、翌日以降の入試に生きてくる。本番の感覚は、本番の緊張感の中でしか体験できない。決して逃げることなく果敢にチャレンジしてほしい。

 高校サッカー選手権決勝戦の劇的な逆転をご覧になった方も多いと思う。諦めない気持ちが奇跡を起こす。そして、あと少しだと思う気持ちは心にブレーキをかける。まだまだゴールはずっと先。決してくじけることなく駆け抜けてほしい。

 毎年繰り返して言っているが、受験は団体戦。一人では気力が充実した時間を維持することは難しい。本当の意味でのライバルたちと切磋琢磨する環境が大切。周りのやる気が「磁場」を作り、より大きなやる気を引き出す。そしてその周りのためにも、自分が必死に頑張る。自分の頑張る姿で、周りによい影響を与えて、周りのやる気を引き出すくらいに頑張ろうと決意する。仲間のためにと誓う。

 脳科学の実証実験では、「誰かのため」と利他の気持ちで頑張る時が、脳が一番活性化することは明らかなのだ。そしてその時が一番諦めない時だ。受験は団体戦!!

 今年もやります! 千葉テレビ公立高校入試解答解説の番組を今年も生放送で担当させていただきます。少しでも受験生たちへの励みになるよう頑張って準備します。ご期待ください。
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※この内容は2014/02塾だよりに掲載したものです。
 ちょうど、東進主催の全国統一高校生テストと全国統一中学生テスト、四谷大塚主催の全国統一小学生テストが近づいてきている時期だ。
 その小学生テストのCM動画の中で、「テストを受験しているときが一番学力が伸びるって、一体どういうことなんですか?」と小学生が質問するものがある。https://www.youtube.com/watch?v=OuIJ4y5EF-I&t=3s
 CMとしての演出(笑)については、さておき...。
 実際に、試験に限らず、どんなことでも、本番でしか得られない体験は少なくない。一発勝負しかできないことでも、ある程度の同様の体験があれば、十分にイメージして事前にトレーニングはできる。ただし、そのトレーニングで大切なことは、そこから得られた気づきや改善点をきちんと次までに対策すること。そしてそのために、その瞬間が二度と取り返せない気持ちで真剣に臨まなければならないこと。
 それは、例えば、避難訓練などでも同じと言える。参加者が手順をルーティーンとして落とし込むための訓練にも意味はあるが、形だけの訓練では意味がないはずだ。
 普段の環境とは異なるところで受ける「大きな模擬試験」の重要性もそこにある。また、入試もでるきなら受験校を段階に並べる受験作戦を立てることを薦める点も同じ。
 だが、それにも増して「受験」自体にも意義はあると思うのだ。大学入試では、推薦入試やAO入試などのいわゆる総合型選抜で入学する生徒の方が多数派になった。多面的な能力を評価しようという選抜自体の理念は悪くないと思うが、少々、大学受験自体を「ゴール」として重きを置き過ぎ、できるだけ容易にゴールするための手段としての論議が少なくない気もする。
 受験、そして大学入学後も成長するための連続した過程であるととらえるなら、受験も成長のための通過すべき「試練」として受け入れ、真正面から経験することも、その先の人生には重要であると考えるがいかがであろうか。
 「受験」で問われているのは単なる知識や表面的な学力ではないはずだ。

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 毎年繰り返しで書いている本題の「受験は団体戦」に関連した小学生の質問(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=Oif1kf1uVNw&t=57s

[巻頭言2014/01より] 閃く瞬間

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Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2014年01月号)

閃く瞬間

 premium高校部東進衛星予備校ユーカリが丘校開校記念として安河内哲也先生特別公開授業を開催した。開会前の打ち合わせの際に、同席していたのだが、先生はお祭り的なイベントで盛り上がるのではなく、授業の内容自体で生徒に盛り上がってほしいと考えていらっしゃった。東進の先生方は、最近はテレビなどでも有名になり、ちょっとしたタレントとして見られがちだが、どの先生方も授業に対する真摯な態度は流石だ。

 そして本番。授業のラストのところで、英語でスピーチ。英語は何のために勉強するのか、それはテストで点数をとるためではない、就職のため、お金のためでもない、世界中の人たちと英語でコミュニケーションできること、その英語を学ぶこと自体が素晴らしいんだとお話しされた。この授業を通して、受験英語を超越した、日本の英語教育にかける情熱が伝わってきた。

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 英語だけに限らず、学ぶことの本質、それは学ぶこと自体がもつ素晴らしさにある。何かのために我慢して努力することも、もちろん大切だが、学ぶこと、わかったと閃く瞬間の感動、できた瞬間の嬉しさは、他の何にも代えることのできない特別なものである。

 若者たちに、若き日にその感動を体験し、学ぶことを一生の友とするような人生を歩んでほしいと願う。一人でも多くの生徒たちに、その素晴らしい体験を提供できるように、スタッフ一同、今年も今まで以上に頑張ります。

 縁あってチバテレビ「知ったかぶり甲子園」というクイズバラエティのお手伝いをさせていただいた。入試問題を題材にした閃きクイズバラエティで、中高大、全ての入試を指導する。

※この内容は2014/01塾だよりに掲載したものです。

 続きである。
 前回に続いて、勉強の成果の原点となる法則「成果の方程式」について。

  成果 = 心 × 質 × 量

 「心」と「質」と「量」の積で生み出されると考える。それらは相互に干渉し、一つひとつは小さな前進に過ぎなくても、やり続ければ少しずつ加速していく。時間をかけ努力を続ければ、成果は増加し、学力は伸び続けるはずだ。
 教育とは、その影響する「磁場」を創ることではないだろうか。

 ここまでが前回。

 磁場を創ることが、心を高めることにつながらなければ効果はでない。
 学ぶ「心」は「志×考え方」に分解することができるだろう。
学ぶことへの志。何のために学ぶのかという目的意義である。目的意義が明確で使命感を持って進む人は確かに強い。だが、これは繰り返し述べてきたが、時間をかけて成長したのちに生まれ、強くなる心である。以前に書いた通り、少なくとも学問的分野で卓越した業績を上げるような人たちが、その分野を志した時期は、他の分野の人たちよりかなり遅いことはわかっている。少なくとも思春期、反抗期の後であろう。
 その前の「好き」という気持ちが、やりたい気持ちを生む。そして、何か他の目的のための道具として「学ぶ」人たちよりも、「学びたい」という気持ちで動き続ける人たちの方が強い。使命感は続けていることで結果として生み出されるもののはずだ。
 根源的な力を生み出すのは、原始的で素朴な、「楽しい」「好き」という気持ちであると信じる。学んでいることが、わからないからわかるに変わる一瞬、閃いた瞬間の体験は他のものでは味わえない感動がある。その体験が「好き」を生む。
 根源的な力を生み出すのは、原始的で素朴な「楽しい」「好き」という気持ちであると信じる。

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[巻頭言2013/12より] 挑戦!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2013年12月号)

挑戦!

 先日、異業種の経営者の皆さまたちと、ある製造業の大企業のライブラリを見学に行ってきた。そこには、一個わずか数円という部品の下請け製造からスタートして、一代で世界的大企業へと成長した過程の製品の数々が大量に展示されていた。普段は見学の案内をしていない広報の方にガイドしていただいたので、成長の歴史を、中にいて実感してきた生の声を聞けた。そして、そのどれにも挑戦と創意工夫、努力の歴史があった。

 新しい挑戦は、どんなことでも、努力なしには、成就することはできない。覚悟を決めて、誰にも負けない努力を続けることが、ことを成し遂げる。努力したからといって必ず成就するとは限らないというが、少なくとも成就したものは、努力した者だけである。そして、成就するまで諦めずに努力し続けた者である。

 もちろん、ただ闇雲に努力しても、成果には簡単に近づくことはできない。やり方、努力の質も問われるのだ。ただ機械的な反復だけするような作業を努力することで満足してはいけない。常に頭を使って考えて努力すること、創意工夫が必要だ。その方法論は、すでに多くが知られ、語られている。ただ、それを知っているだけでは成果を生み出さない。質の高いやり方で、努力してこそ結果を生み出す。成果を生み出すのは行動だけである。

 だが、一番大切なこと、それは「心」。何ごとも、ことを成すには、まず挑戦する意思が大切だ。必ず成功すると強く願うこと、そして成功するまで諦めないと強く誓うこと。未知のものに挑戦する勇気こそ「若さ」のはずだ。

 大人たちも、ぜひ子供たちに負けないように、若さで挑戦しましょう。

※この内容は2013/12塾だよりに掲載したものです。
 勉強の成果は、原点となる法則があり、それによって創出されると考えてみよう。その法則を「成果の方程式」と呼んでおく。

 成果 = 心 × 質 × 量

 「心」と「質」と「量」の積で生み出されると考える。そしてそれらは相互に干渉し、影響を与えあう。
 量によって心は磨かれる、量によって質は向上する。
 心によって量は増加する、心によって質は向上する。
 質によって量は増加する、質によって心は磨かれる。
 
 一つひとつは小さな前進に過ぎなくても、やり続ければ、相互ループによって少しずつ加速して大きくなり続けるはずだ。
 つまり、成果の方程式にしたがって、課題を明白にして、それをよりよくするために、時間をかけて努力を続ければ、必ず成果は増加し、学力は伸びるはずだ。
 それに加えて、その相互ループをより早く回し続けることを考える。成長速度を極大化することが、成果の極大化につながるはずだ。
 教育とは、成長速度(成果/時間)を高められるように、影響する「磁場」を創ることではないだろうか。その考えに基づいて、「教育」が高められるようにと、日々の挑戦に向き合っている。

[巻頭言2013/11より] 得意で勝つ!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2013年11月号)

得意で勝つ!

 受験生はいよいよラストスパートの季節だ。この時期になると苦手科目の克服が大きなポイントになる。だが、苦手意識があるものに対して、初めから意欲的に立ち向かうことはとても難しい。そんなときは、苦手科目全体を見ずに、できるだけスモールステップに細分化して、一つ一つだけに注力する。一番苦手意識の少ない、どこかの単元、どこかの分野だけに集中して、そこだけでも得意にすることを考える。勉強はできるようになることで、意欲が増す。成果が見えず、前進している感覚がない状態が続くと意欲は減退する。そしてマイナスの気持ちからは成果は生まれない。少しずつに分けて、一つずつやり遂げていく感覚を掴むしかない。

 それでも苦手科目をいくら勉強しても、結局は得点が稼げる「武器」になる科目にはならないことがほとんどだろう。ある程度までいくと、最後は得意科目も磨かなければならない。得意科目で得られる達成感は苦手科目を乗り越える原動力も生み出す。周りから、余りマイナスの気持ちを押しつけないようにしてほしい。苦手科目を一番よく知っているのは本人なのだ。

 そして受験生以外は、なかなか目標を設定しにくく、やる気を維持するのが難しい、今のような時期には、得意科目を伸ばすことを優先するのがよい。どんどん問題を解いて○が増えればやる気もでる。一つでも自信を持っていると、あとで伸びるのも早い。これといった苦手科目がなくても、得意科目もそれほどでもないケースが一番伸びない。今のうちに、勉強は「勝って」終わる習慣をつけてほしい。

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※この内容は2013/11塾だよりに掲載したものです。
 始めから、本当の意味での「得意」があるわけではない。「得意」だ、という思い込みが先に来るのだろう。次に、その「得意」で勝つ経験がやる気を生む。
 好きだからやり続ける。やる続けるからうまくなる。うまくなるから好きになる。その繰り返し、それが得意の正体だ。
 苦手はその逆。嫌いだからやらない。やらないからできない。できないから嫌いの負の循環。それを克服させると言って無理やりやらせると、嫌々の行動なのでますます嫌いになる。
 得意なものをどんどん伸ばすと自信が生まれる。自分は、やればできる。他もやればできるかもという心が芽生える。苦手の克服は、自分で克服できるかもと気づいてから始めるのがよい。
 受験期になれば、得意科目を生かすには、どうしても苦手科目を乗り越えなければ突破できないことに気づくはずだ。その時点で得意なものがとことん得意になっていれば、より大きな克己心が生まれるだろう。
 そして、そもそも苦手で勝つ必要はないのだ。苦手は負けなければよい。いや、大きく負けなければよい。得意で勝つ。苦手で少しくらい負けていても、ひっくり返して勝つ力があるくらいまで、得意を伸ばすことの方が大切だ。
 それまで、苦手に必要以上に焦点を当て過ぎないように、嫌いになり過ぎないように、騙し騙しで過ごさせることの方が大切かもしれない。「勉強」自体を嫌いなものにさせないように。