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[巻頭言2020/1より] 考え方と環境 #マシュマロテスト

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2020年1月号)

考え方と環境

 2020年もよろしくお願いします。

 年末の新聞記事でも、大き目に取り上げられたのでご記憶の方も少なくないかもしれないが、ちょっと驚いた話題をご紹介したい。
それは教育の世界では有名な「マシュマロテスト」が、再現実験により否定されたという内容である。「マシュマロテスト」とは、1970年にスタンフォード大学のウォルター・ミッシェルによって行われた有名な心理学の実験で、4歳児にマシュマロを見せ「15分間食べずに我慢できたらもう1つあげる」として一人にした後の行動を観察した実験である。約1/3の子供たちが我慢し2個目を手に入れることとなったが、18年後に追跡調査が行われ、その後の社会的成功に対して強い相関があり、大学進学適性検査SATでは210点の差がついた。さらに23年後の2011年に再び追跡調査が行われ、その後もその傾向は変わらないと結論づけた。

 教育の世界では、この実験から「自制心」が、その後の成功のための重要な原因因子であると長い間信じられてきたのだが、2018年に発表された、アメリカの大学教授3氏らのサンプル人数を増やした再現実験によると、我慢できた子供たちとできなかった子供たちには、家庭に経済的な差があり、年収の多い家庭ほど、我慢する子供の割合も、将来成功する割合も高いという結果から、自制心と成功には、相関関係はあるが因果関係は立証されず、家庭の経済力が原因で、自制心と成功の両方に影響を与えるという因果関係があることがわかったというのだ。

 つまり、自制心を育てても成功(学力)が伸びるという関係はなく、家庭の環境が、自制心と成功を決める原因となるというのである。もちろん短期的成果ではなく長期的成果(報酬)を求めることが成功への因子であることと相反しない。そして、親の教育に対する「考え方」が子供に大きな影響を与えることも間違いない。もちろん環境は家庭だけではない。改めて私たちの仕事の重要性を認識し努力します。

※この内容は2020/1塾だよりに掲載したものです。

 来月(2025/9)の塾だより巻頭言に「マシュマロテスト」に関係する話題を掲載する。この公式ブログの巻頭言バックナンバー「[巻頭言 2025/01より] ピークを越えてるために」(https://www.jasmec.co.jp/cgi-bin/blog-diary-kanopen0/blog-diary-kanopen0.cgi?no=719)のコメントで触れたことの続きにあたる話である。
 (「マシュマロテスト」が否定されたという話は、すでにバックナンバーに掲載したつもりになっていたが、確認してみたら、この記事が未整理原稿に埋もれたままになっていたので、締め切り前の来月の原稿には「改めて掲載しました」と過去形で書いておいて、発行までに掲載して帳尻をあわせました(苦笑)。)

 さて「マシュマロテスト」の件、本編では制限字数が足りず、わかりにくい部分があるので改めて整理しておく。

 初めに、本文中の実験年代の記載訂正、追記をしておく。
 オリジナルの実験は、1970年にスタンフォード大学のウォルター・ミシェルとエッベ・B・エッベセンによって行われているが、このときはマシュマロではなくクッキーとプレッツェルだったとのこと。追跡調査まで行ったいわゆる「マシュマロテスト」は1972年で、追跡調査は1988年、1990年(SATスコア)、2011年は脳画像研究を行い、前頭前皮質と線条体の2つの領域で重要な違いがあったとされている。
 2018年の再現実験は、ワッツ、ダンカン、クアンによって行われ、15歳児の学力テストで検証したもの。

 続いて本文内容の整理

 「自制心」(=原因) ⇒ 「成功」(=結果)という仮説を立証する実験論文。実験方法は、上記の通り、幼児の時点の自制心の強さを調査 ⇒ 成年後の成績、社会的成功を追跡調査し関係を立証する。結果は、因果関係があるとした。

 一方、再現実験では、標本とする子供の家庭たちの社会経済的地位を詳細に調べ、「自制心」(=原因) ⇒ 「成功」(=結果)という因果関係ではなく、「家庭環境」(=原因) ⇒ 「自制心」(=結果)かつ「家庭環境」(=原因) ⇒ 「成功」(=結果)であり、「自制心」と「成功」は「家庭環境」を原因とした相関関係であるとし、その上で家庭環境を考慮した場合、相関関係も弱まり自制心だけが原因とはいえないと立証した。ただし「自制心」が「社会的成功」に影響を与える要因であることを直接否定していない。

 さて、今回これを書いていて興味深い論文を見つけた。2022年に京都大学齊藤智教授らの研究である。https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-07-21-1
 日本では、マシュマロテストの実証研究が少ないため、その予備実験を行っている中で、日本の子供たちがお菓子を待っている率が高いことに驚き、日本の幼稚園や保育園、学校や家庭では、みんなそろってから「いただきます」と言う習慣が影響しているのではとの仮説を立て、アメリカの子供たちとの比較実験を実施し予想通りの結果を得た。ところが対照実験として、包装されたプレゼントを開けずに待つという「ギフト条件」に変えて実験したところ、日本の子供たちは予想通り「食べ物条件」より早く開けてしまったが、予想に反して、アメリカの子供たちは長く待つという結果となった。そこで、これはアメリカではプレゼントを長く待つ習慣があることの影響であろうと推論している。すなわち「満足遅延」(すぐに得られる小さな報酬を我慢し、将来得られる大きな報酬を優先すること) が、文化に特有の「待つ」習慣により支えられることを明らかにしたという。

 さらにここまで書いて、もう一つ発見して驚く。2024年に「Delay of gratification and adult outcomes: The Marshmallow Test does not reliably predict adult functioning (満足遅延と社会的成功:マシュマロテストは成人への機能を確実に予測するものではない)」と題する論文が発表されていた。https://srcd.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cdev.14129
2018の分析手法を拡張し702名の満足遅延の長期予測の妥当性の検証によって、マシュマロテストの成績は、成人後の達成度、健康状態、または行動を強く予測するものではない。相関はわずかにあるが回帰調整係数はほぼすべて有意ではなかったとのこと。
 本文には辿り着けずAbstractを見ただけだが、「満足遅延」と「社会的成功」の相関関係も否定されたとあるようだ。

 梯子を外された気分...。
 なかなか頭が整理できない。のちの研究が待たれるところ。

 もともとの1970年の実験は、将来の報酬を意識することで長く我慢できるかという仮説を立証する実験で、結果は予想に反し、報酬がストレスを増大させ我慢を短くするというものだった。
 どうやら、少なくとも低年齢の間は、将来のためにと意識させることは、ストレスとなり好結果にはつながらないことは確からしい。
 もちろん、どこかの年齢から変わることも考えうるが、我慢してやることは持続しにくいのは大人になっても変わらないのではないかと考える。

 勉強を難行苦行にしてはいけない。
 学ぶことは楽しいこと。