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[巻頭言2013/02より] 受験は団体戦!

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Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2013年02月号)

受験は団体戦!

 入試シーズンの序盤戦を終えて、いよいよ中盤戦から後半戦である。これがお手元に届くころには、中学入試はいよいよ都内入試と県内2次、高校入試は私立高校の後期入試から公立高校前期入試へ、大学入試は私大個別試験スタートの時期だろう。

 序盤戦から好調の生徒や、もう第一志望校合格が決まった生徒もいるが、中には十分に力を発揮できず苦戦している生徒もいる。もし、まだ思う通りの結果が得られていないとすれば、それは大きく成長するチャンスだ。自分の中の何か足りないものを逃げずに見つめて、諦めずに解決することができれば、その分だけ力は伸びる。学力が一番伸びるのは、入試の本番なのだ。最後まであきらめずに努力することで、自らの力で、必ず成果を掴んでくれるものと期待している。

 毎年書いているが、入試は団体戦だ。諦めずにやり続けるには、人の心はあまり強くない。一人ではなかなか頑張れない。一緒に頑張る仲間がいるから、元気出て、力も出る。そして自分と同じように努力した仲間たちが、合格したということから生まれる自信。自分が頑張る姿が、ともに立ち向かう友へ勇気を与える。切磋琢磨してきた仲間たちと最後までお互いにエールを送りあうことで、お互いの力がより大きく発揮できる。がんばれ受験生!

 さて、今年もやります! 千葉テレビ公立高校入試解答解説の番組を今年も生放送で担当させていただきます。少しでも受験生たちへの励みになるよう頑張って準備します。ご期待ください。

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※この内容は2013/02塾だよりに掲載したものです。
 仲間とともに頑張ることで大きな力を生み出す。毎年、入試時期に、それを実感する。強い気持ちを持ち頑張る仲間がただ周りにいるだけでも、お互いに良い方向に相互に作用することがよくわかる。まさしく切磋琢磨である。
 もちろん、それは入試時期だけに限った話ではない。それまでのそれぞれの時間に作用してきたはずだ。それが、入試時期の緊迫した空気によって明らかになっただけに過ぎない。
 そしてそれは、長い時間、苦楽を共にした仲間意識があるほどより強く効果を持つ。また仲良しであることが必要なのではない。ライバルとみなして競い合っているうちにお互いを認め高め合う仲間になる。受験生の夏期講習は、その大きな体験の場となることを考えて企画し用意している。
 ライバルとの切磋琢磨から友情が生まれる構図は、スポーツのドラマ(子供たちには身近なアニメや漫画)の世界では、繰り返し描かれてきているものだろう。勉強の世界でもそれはたくさん存在し、かつとても大切なのだ。
 まず目の前の努力に集中しよう。
 頑張れ受験生。

※ その真の意味でのライバルとの切磋琢磨の様子がよくわかるのが「合格者の言葉」の中にもたくさんある。web版も公開しているのでぜひお読みください。
http://www.jasmec.co.jp/gokaku/gokakusha/gokakusha.htm

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[巻頭言2013/01より] 願うことから始めよう!

ngaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2013年01月号)

願うことから始めよう!

 年の初めである。これからの一年を思い描き一年の計を描いた人も少なくないだろう。だが、目的と目標を区別してしっかり意識しただろうか。

 短距離走のゴールするときを思い浮かべてほしい。ゴールする直前に、視線はどこを向いているだろうか。ゴールよりずっと先を見ていて、決してゴールライン上にないはずだ。もしもゴールラインから目を離さずに走ると直前にブレーキがかかるに違いない。前に脳科学者の篠原菊紀先生からお聞きした話では、「ゴールが近い」は脳にとっての否定語になり、力を出し切れなくする働きとなるのだそうだ。ゴールは短期的な目標であり、ずっと遠い先の本当の目的を向いて進み続けることが大切なのだ。目標はそのための道標。
物事を成し遂げるには、まず大志を抱くことから始めよう。何のためにという「目的」を最初に掲げよう。そしてそれはできるだけ公明正大な目標がよい。「動機善なりや私心なかりしか」と自らに問う。勉強は、自分のためでなく、人のためにするものなのだ。世のため人のために自らの力を生かすには、その力を磨かなければならない。その一番よい方法が勉強なのだ。

 そして前進を続けるためには道標となる目標を、できるだけ具体的に掲げる。ゴールが、鮮明で明確であれればあるほど実現する可能性は高くなる。目を閉じて、できるだけ鮮明にゴールした瞬間を描こう。その映像がはっきり見えるまで。そしてそこに必ず行くと強く願う。願わなければ叶わない。

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※この内容は2013/01塾だよりに掲載したものです。
 「目標」は先に決める。その際に、その根拠が正確かどうかは重要ではない。頑張れば届くと「自分で信じられる」中で一番高いところに決めればよい。ただし明確で具体的な目標を決める。そして現状からそのゴールに至るまでに何をすればよいかの行動計画を具体化することで、ゴールは実現する。受験に限らず、何事も行動なければ成果を生み出さないことは言うまでもない。
 だが、その前に「目的」がなければならない。ここでいう目的とは「なんのために」という根源的なもの。そしてそれは、できるだけ公明正大なもの、世のため人のために自らの力を活かすものであることが、やる気を一番持続させる。すなわち「利他の心」である。利他の心が、やる気を持続させることは脳科学では、すでに明らかなことなのだそうだ。人から良いことをされたときと、人に良いことをしたときにドーパミンが分泌され幸福感が高まるのだそうだが、人に良いことをしたときの方が分泌量が多く、持続するのだそうだ。
 そんな未来に向かうためには、多くの子供たちにとって勉強は大きな力を持つ。子供たちから「なぜ勉強をするのか」という問いかけに対して、観念的な答えだけではなく、「将来、世のため人のために活躍することで、幸せな人生を歩むため」と論理的に、明確に答えられる大人になろう。

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今朝の様子

今朝の様子

中3受験生たちは真剣!

感染対策で座席の感覚は広めに、換気は徹底して
オンラインで同時参加の生徒も。

国語の実践問題に取組中
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こちらのクラスは英語
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高校生たちも真剣に受講中
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こちらの教室は、午後からの他の学年に備えて消毒中
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頑張れ受験生!

[巻頭言2012/12より] 悲観 to 楽観!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年12月号)

悲観 to 楽観!

 今年も早いもので、もう年末である。房総半島は、日本で一番紅葉の遅い地域なのだそうだが、その季節ももう過ぎつつある。

 ところで、紅葉の名所は、夏は暑く冬は寒い、気候の厳しい場所だ。厳しい気候を過ごすことで、色鮮やかに秋を彩る。

 受験勉強も同じところがある。厳しい努力を積み重ねた者だけが、充実した結実のときを迎える。結果を残すものは常にストイックだ。厳しく自分を追い込むことで、はじめて自分自身を磨くことができるのだ。たぶんできるだろう、なんとかなるだろうという甘い予断は禁物、必ず最後には失敗を招く。準備のときは、最悪の悲観的な予測に基づいての準備が必要だ。

 しかし、いざ本番に挑戦するときは、悲観的では持っている力を発揮することができない。ひょっとしたら失敗するかもという感性的な不安が少しでもあると、それが失敗を招き起こす。必ずできる、成功すると信じている状態でなければ、うまくいかない。しかもそれは、信じていると頭で考えているレベルではまだ足りない。潜在意識で確信している状態までいきつかないと最大限の力は出ないのだ。そして、そのコツは本番でしかつかめない。

 いよいよその本番の挑戦の時期が近づいてきた。今は最悪の状態からでも力を発揮できるように、最後の準備のとき。もっとも悲観的な条件を想定して精一杯、準備しよう。

 冬来たりなば、春遠からじ。

※この内容は2012/12塾だよりに掲載したものです。
 毎度の季節外れである。話の流れなのでご容赦いただくとして...。
 何度となく繰り返し取り上げてきた「長期的楽観と短期的悲観」がテーマである。いわゆる「ストックデールの逆説」である。
 (ストックデールの逆説については、過去の当ブログ記事を参照ください)
 http://www.jasmec.co.jp/cgi-bin/diarykan/diary.cgi?no=446

 たくさんの経験を積み重ねてきた大人は、子供に対して、つい、目の前の「短期的悲観」を認めさせようとしてしまう。厳しい現実に直面していることを認めさせようとして、つい現実を「否定」する言葉がでてしまう。すると、子供は自己防衛として、逆の反応を起こす。親はそれに対して、さらに否定しようとして、衝突が起きる。ありがちな構図であろう。
 親の考えが「正しい」ことを主張しても問題は解決しない。親がするべきことは、子供の「考え方」を正しい方向に導き、子供の「行動」を変えることである。
 そのためには、「肯定」から入る方がよい。子供の「未来」を強く肯定し、子供が自身でそこに進みたいという気持ちを強く引き出すことだ。それから、そこに至るまでの経路を考えさせて、現実を見つめさせるようにするのがよいだろう。そうすれば現実を正しく悲観的に評価できるようになる。
 過去を否定することで現実を悲観的にさせるのではなく、未来を楽観することで、現実を悲観的に評価させるというべきか。
親の心得、指導者の心得として「長期的楽観と短期的悲観」の順で考えるべきあり、「短期的悲観と長期的楽観」の順ではない、としておく。冒頭の本題のタイトルも「悲観 to 楽観」は不正確で、正しくは「form 楽観, 悲観 to 楽観」とするべきか。
 子供たちが、常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて、素直な心で進んでほしい。

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夏期講習後期再開

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夏期講習の後半戦リスタート!

お盆の中休みを終えて
受験生たちは朝から
その他の学年も順番に

頑張っています!

高校生は昨日からリスタート!
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今日は雨模様でしたが、まだまだ残暑が続き
暑い夏は続きます!
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頑張れ受験生!
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[巻頭言2012/11より] 今やっていることを好きになる!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年11月号)

今やっていることを好きになる!!

 山中先生のノーベル賞受賞後のインタビュー番組を見た。この番組インタビューアーは、今年の難関高校受験研究会Special Programでご講演いただいた竹内薫さん。科学や数学の解説でご活躍されているだけあって、一般視聴者でもわかる内容だった。とくに、いわゆる山中4因子の絞り込みの決め手になった高橋助手のアイデアのくだりは、新聞などの断片的な解説などで予想はしていたが、なるほどという解説になっていてわかりやすかった。

 最後の場面で、「科学者とは」という質問に対して、誰も知らない「"不思議" に真っ先に出会える」、「本当に、こんな面白い仕事はない」という言葉で表現されていた。そして、「どんどん続いていく若者」が出てほしいと感動的な言葉でしめられた。ちょうど2年前にお聞きした、同じノーベル賞受賞記念の根岸博士の安田講堂での講演を思い出した。(Kan's blog 2010/12/01)

 結局、道を究める人たちは、そのこと自体が好きで面白くて突き進むのだ。だが、山中先生も、はじめは臨床医を目指していて挫折したエピソードがあちこちで紹介されていたように、最初のきっかけは自分では思って意外なところにあるかもしれない。どんなきっかけでも、ただひたすら頑張ってやっているうちに、それがどんどん好きになっていく。それがなかった道を開く。今やっていることを好きになること、それがすべての始まりなのだ。

※この内容は2012/11塾だよりに掲載したものです。
 道を究め、切り拓く人たちは、結局は「面白いから」に尽きるのではないだろうか。ノーベル賞受賞者に限った話ではないが、ノーベル賞のような、究めた人にしかたどり着かない業績まで走り続けた人たちに共通するコメントの中で一番多いように思う。
 勉強の道で、一番遠くまで駆け抜けていく子供たちを、非常にたくさん見てきて、同じように感じる。早い時期から効率を求めて結果を残すことを優先するよりも、多少遠回りをさせても、自分の手で未知を知に変えて、「面白い」を体験した子供たちの方が後半になると圧倒的に強い。彼らは、何かを手に入れるための手段として、我慢して勉強をするのではなく、それ自体が面白いからやり続ける。そして決して折れることはない。
 塾生の一人ひとりのこの夏が、そんな面白いが体験できる夏になることを願う。

[巻頭言2012/10より] 凡事徹底!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年10月号)

凡事徹底!!

 鍵山秀三郎さんのご講演を聞く機会を得た。たった1台の自転車に荷物を載せての行商から事業を始め、イエローハットを創業、東証一部企業までにした方だ。創業以来続けている掃除運動は有名で、各地にも広がっている。

 当たり前の誰にでもできるような平凡な一つのことを、誰も真似できないくらい徹底的にやり続けて、非凡になるまで努める。凡事徹底という言葉を世に広めた方でもある。

 実は開会前の会場へのエレベーターで遭遇した。ちょうど出会った間合いで、さっと順を譲られてしまったのだが、その仕草に驕らない境地を感じた。一つの道で成し遂げられた方独特の「やっぱり」と感じるものだった。

 勉学の道も、結局は凡事徹底に行き着くしかない。成績を上げる楽で簡単で、画期的な方法はないかと、聞きたがる勉強法マニアの生徒もよく見かける。しかし、結局、一つ一つを、本質的な意味でわかるまで納得するまで解決していくしか道はない。もちろん、方法や手順による成果の差も小さくはない。それでもやり続けなければ、何も生み出さない。

 鍵山さんは講演の最後に、やらない人の共通点は「そのうち」「まとめて」「一気にやろう」だと看破されていた。今すぐ少しだけでも行動を起こそう。

※この内容は2012/10塾だよりに掲載したものです。
 鍵山さんにお会いできたことはよく記憶している。
 習慣的に、一番前の席を狙っていた。しっかり聴くためでももあるが、講演の効果は聞く側の姿勢にあり、と考えているので、始まる前に気合が入った状態にスイッチするためでもある。
 数十名程度参加の小規模な講演会だったはずだ。それほど早くいく必要はないが、会場や受付の下見(笑)などを兼ねて、開場時間より少し前にエレベータに乗ろうとボタンを押しドアが開いた瞬間に、後方からいらっしゃった。そのときはお顔を記憶してはいなかったので、とても小柄のご老人に見えた。年配者に先を譲ろうと、どうぞとお声をおかけしたら、逆にどうぞお先にと手を差し出しながら譲られた。柔和な表情でありながら、背筋をピンと伸ばした姿勢と迫力に、ありがとうございますと思わず先に乗ってしまった。小柄なお身体が、もし力で押しても簡単には動きそうもないような不動のものに感じた。
 その方が鍵山さんだった。
 講演は、上記の通り、何もないところから、一人で自転車1台に積んだ道具を町の修理工場に行商して商売を始めた話に「これが本当の自転車創業です」と笑いを取られて始まり、有名な「トイレ掃除」で始まる凡事徹底のエピソードと考え方のをお話いただいた。
謙虚の大切さも説かれ、「人に譲れるものは、全部譲る」とおっしゃった。さきほどの出会いの瞬間がなるほどと腑に落ちた。
「凡事徹底」は、知っていても忘れがちになる。わかっているかより実践が大切。
最後の、やらない人の共通点の一節はすっかり忘れていた。改めて、今すぐ少しずつやる大切さを忘れないように生きよう。

[巻頭言2012/09より] もうだめだと思ったときが勉強の始まり!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年09月号)

もうだめだと思ったときが勉強の始まり!!

 夏期講習も無事終了。今年は、地域によっては、学校の夏休みがかなり早く始まって早く終わるので日程が厳しかったが、全てを予定通り終了した。

 受験生は朝から暗くなるまでびっしりのスケジュールを乗り越えた。始める前はこんなに頑張れないと思っていた生徒も多かったに違いない。でもやってみると、自分が思っていたより、本当はずっと大きな頑張れる力を持っていたことに気づいたはずだ。

 人の限界は自分自身の心が決めている。自分でここまでだと思った瞬間にそれがその人の限界になってしまう。本当の限界はまだもっと先にあるのに、自分自身で諦めてしまって限界を作ってしまうのだ。もし、もうだめだと思わずに、まだ限界ではないと強く信念を持ち、諦めずにそれを越えようとする気持ちで、必死にもがきながらもチャレンジし続けると、どこかでスッと限界を超えてもっと遠くまで進むことができるようになる。

 これは限界だと思っていたところまで、必死に頑張ったときにしか体験できない感覚なのだ。この夏、受験生たちはその体験をしたはずだ。いよいよ実りの秋、試されるのはこれから。まずできると信じよう。そしてどうすればできるかだけを考えよう。もうだめだと思ったときが、勉強の始まり。

※この内容は2012/09塾だよりに掲載したものです。
 脳科学の話の繰り返しになるが、ここがゴールだと思うことは「否定語」に働くという。その意味ではここが限界だと思うことも当然否定語として働くだろう。
 否定語は、脳の働きにブレーキをかけるそうだ。もう少しでゴールだと考えることや、この先で限界だと思うことで、脳の活動にブレーキがかかり、その手前から行動も落ちていく。限界だと決めつけずに、今は難しく感じるが、まだ進めるはずだと強く思うことによって、そのブレーキを弱めることが可能となる。
 未来への連続する時間の理解は、成長のかなり遅い時期に発達するという。子供は、困難に対して自分の力で努力して突破した体験が多くはないので、感覚的に現在の困難を超えた先を想像することが難しい。
 適切な壁を与え、自力で一つひとつをクリアすることで、その経験から会得させていくしかない。
 今年の夏も、塾生にとって、その夏になることを願う。

[巻頭言2012/08より] 夢を語る!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年08月号)

夢を語る!!

 オリンピックもあまり観戦する暇なく、夏期講習前半が終了した。受験生にとってはこの夏は天王山。後期に向けて、お盆休み中に集中してほしい。

 ところで、オリンピックは頂上目指して競い合う者たちの祭典だ。彼らは夢を目指して努力した結果、そこに参加している。はじめにまず夢を描き、そこにたどり着くため、自分自身を磨き、そこにやってきた。

 最初に必要なこと、それは「夢」を描くこと。その点では、勉強も同じ。勉強して、~に合格したいは「夢」にはならない。そのずっと向こうにある心からワクワクするものを描くことが大切。ただし、現在から頑張れば必ずその未来に届くと潜在意識で確信できるものでなければ力は発揮できない。子供たちにとってその未来を描くことはなかなか難しい。反抗期から抜け出し始める高校受験期あたりからやっと出来始めるのだろう。

 大人が少しだけ力を貸してやると、最初は漠然とした夢も、徐々に具体的な映像として描けるようになり、素敵な色彩を放ち始める。ぜひ、親として本人が夢を語る作業に付き合っていただきたい。未来についての話を、ただ聞いてやればよいのだ。それも否定しないように、膨らませてやってほしい。

 そして大人たちも、自分自身の「夢」を描いて語ろうではないか。

※この内容は2012/08塾だよりに掲載したものです。
 成長と夢については、面白い研究がいくつかある。幼児の、年少から年長にかけての年齢別に大人になったらなりたいものと、そのためにどうすればいいと思うかについての分析だ。それによると、成長とともに、非現実的なもの(人間でないものや、TV、アニメなどのキャラクタなど)から、現実的に実現可能なものの割合が増えてくるだけでなく、それが実現するのに必要なものは、成長や時間の経過ではなく、努力と考えるようになるというのだ。また、これには過去、現在、未来という時間概念や時間的隔たりについての把握の成長と相関があり、さらに過去に対しての理解より、未来の長期的隔たりの理解の方が成長する時期が遅いのだそうだ。ただし、幼児の時間に対する連続性や隔たりの理解は、大人のものと同質であることは明らかにしにくいらしい。
 本題の、中高生の勉強に対する目標意識と成長の時期の関係も、経験的には同じように感じる。目標を明確にし、自分の努力で実現できるという確信が強い生徒ほど、努力を継続することができ達成する可能性は飛躍的に高くなる。
 もちろん、これは後天的な成長によるだろう。環境からくる周りからの影響で考え方や確信が変化し、行動が変わる可能性が高い。そうだとすると、高い効果を上げるような環境を作り出すことによって、勉強の成果を高めることができるはずだ。
 私たちは、長い間の経験によって、その差をつかんできたつもりだ。そしてまだまだ大きな余地を残していると考えている。
 塾生たちだけでなく、私たちの挑戦の夏は続く。

 最後に、注目すべき補足。なりたい理由についてのデータでは、成長により、「自分が好きなもの」から、その「役割が重要なもの」への割合が増加するらしい。

[巻頭言2012/07より] 何気ない一言でも!!

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2012年07月号)

何気ない一言でも!!

 先日、高校時代の友人たち4人で、担任の先生のお宅にお邪魔させていただいた。先生は、高校を定年退職された後、予備校で何年か教鞭をとられて、その後、ご勇退を機に、日当たりがよく暖かい南房総の別荘地に終の棲家を構えられた。数年前までは数学の大学入試問題の解説原稿なども送っていただいたりもしたが、今は傘寿を迎え、趣味の洋蘭を栽培して過ごされている。都内のご自宅もそのままにされていて、実は奥様は、寒くてもそちらの方にいらっしゃることが多いのだと、お元気に苦笑いされていた。

 ご馳走になりながら先生が教員になられたときのエピソードから始まり、高校時代の昔話などに花が咲いたのだが、先生や友達たちの、言った本人も覚えていない何気ない言葉がきっかけになって、人は影響されていることが多いとの話になった。実は私も進路の面談で「数学科か電子工学科に」と答えたら、「数学科に行くとだいたい先生になります」と言われて「先生にはなりたくないな」と電子工学科に進んだのだが...。

 人は人からの小さな影響の積み重ねで道が分かれていく。後あと「塾の先生の、あのときの一言で素晴らしい影響を受けた」と言ってもらえるように、どんなときでもスタッフたちと頑張ると気を引き締めて帰途についた。

※この内容は2012/07塾だよりに掲載したものです。
 先生は、今年初めに亡くなられた。別荘には、何度もお邪魔した。たくさんの人数でお邪魔してお庭でBBQもしたし、所要の際に少しだけ寄り道したこともあった。
 決して強く話されず、どちらかというと寡黙な方だったので、同級生一人ひとりに、時間がたっても印象深く残るようなエピソードがたくさんあるはずではないだろうと思うところなのだが、それぞれいろいろな話がでてくるものである。
 若き日の、少し違えば、なにげない日々に終わるかもしれなかったはずのその瞬間でも、のちに強い影響があるだろう。
 そう考えると、指導する側は一瞬でも油断することができない。
 指導する側には、毎年の繰り返しに見えてしまいがちな毎日も、子供たちにとっては一期一会。常に神経を研ぎ澄まし、全身全霊の気を注入する気持ちを忘れてはならない。
 すべての塾生の「この夏」が、いつか「あの夏」と振り返る夏になるように。