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[巻頭言2025/4より] 遅咲き

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Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2025年4月号)

遅咲き

 鎌取本部の目の前は、さくら公園という名の通り、地元では知られた桜の名所。ここから遊歩道沿い、そして春の道公園までのソメイヨシノの満開は見事である。数日前の休日、隣の有吉貝塚公園まで散策した。こちらは早咲きの河津桜が綺麗に咲いていた。今年は少し遅めで、ちょうど国公立大学の前期合格発表と重なった。
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 大学受験部は、今年の難関私大入試、いわゆる「早慶上理GMARCH」のほとんどで過去最高記録を更新していた。昨年の同時期も好調で記録更新が続いていたものの最後の最難関国立大で伸び悩んだため、今年も緊張したが、多くの更新となった。一人ひとりの結果を見れば反省点も少なくないが、ここ数年の経営品質としての再現可能な取り組みによっての小中高一貫指導の成果であることがうれしい。

 さて、子供たちは、新しい環境に進むときだ。とくに中学高校へと進学する学年は大きな変化に感じるだろう。スタートダッシュを強く決意していることだろう。

 新しい内容に進む際に一番意識すべきは『型』ではないかと考える。目の前の結果を求めるより前に、最初に型を作ることを優先すべきだ。何かを学ぶには、脳に適切な負荷をかけなければならない。その負荷のかけ方のコツをつかむことを身につけずに、成果を目指すと、強制的に詰め込むしかなくなり、早い時点のどこかで限界がきてしまう。先に学び方の土台をしっかりと作ることで、最初は効率が悪くみえても、先に行ければ行くほど加速し、限界なく高みを目指せるはずだ。

 ただし、『型』とは、型にはめ込む意味ではない。創造力や閃きというと、天才のイメージや、運を想像しがちだが、そうではない。閃きを生みだし、創造力を伸ばすためには、教育可能な型が必要だと確信する(この項は「次号に続く」のつもりです)。

 そもそも受験は真のゴールではない。期限付きの通過点の目標に過ぎない。そこでの成果も大切にしたいが、ずっと先まで伸び続ける真の遅咲きを育てたい。

※この内容は2025/4塾だよりに掲載したものです。

 『型』に対する考察だ。ここでいう『型』とは何か。

 新しいことを学ぶとき、脳は大量のワーキングメモリと呼ばれる認知資源を消費する。慣れないうちは、一つ一つを意識的に操作しなければならないので、判断力、注意力が必要となり、脳が早く疲れたり、誘惑に負けそうになったりする。

 ところが脳に意図的に適切な負荷をかけてトレーニングすることで、『型』として定着する。すると脳に対する負荷が激減して、思考に余裕ができ高度なことを考えたり、脳が疲れにくくなったりする。これが習熟だ。

 これは脳科学的には、前頭前野と頭頂葉から海馬を中継する際に、意図的な負荷をかけることで重要情報と認知させチャンク(塊)化して、大脳皮質や大脳規定化と呼ばれるところなどに定着させるということらしい。

 ここで、不用意に結果を強く求めすぎてしまうと、脳は楽をして省エネをしたがるので、正しい負荷での習熟ではなく、できるだけズルをして結果だけだそうとしてしまう可能性が高い。

 例えば、あまり好きでなかった授業や講義などでは、本来、理解し記憶するために板書を書き写し整理しているはずなのに、その気持ちで臨まないと、できるだけ楽に、写す作業だけして脳は手を抜いてしまい、後で読んでもわからない記憶に残らないノートだけになった経験をお持ちではないだろうか。

 まず、正しく習熟するための脳への負荷のかけ方から学習するべきだ。

 ただし、そう言われても、聞いただけでは、体得していない子供が実現するのは難しい。また教育する側も、理屈はわかっていても実現することは難しい。

 私たちは、一つ一つを、経営品質として実現する道を目指している。いつか満開するように。

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