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[巻頭言2026/3より] 学ぶことは素敵なこと

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2026年3月号)

学ぶことは素敵なこと

 AIが、世の中に急速にあふれ出してきた。その進化が止まらないことは言うまでもない。ここにきて進化の速度を超えて、活用の加速が一気に進み、様々な形で、個人レベルの利用から、企業のサービスへの応用まで、目に見えるところだけでなく気がつかないところまで、急激に活用の幅が広がって使われ始めている。

 今年の大学入学共通テストでは、多くの科目で満点をとり、短時間で極めて高得点をとったことが報道されたので、目にされた方も少なくないだろう。

 AIによって、多くの仕事がとってかわられることは早くから予測されていた。当初の大方の予想では、単純な定型の作業が置き換えられると言われていたが、昨年後半以降、映像や音楽などクリエイティブなものへと一気に拡大している。それに伴う権利の問題などが生じ始めているが、AIの活用自体は止まらないだろう。

 新しい情報化の時代へ対応しようと、日本では「情報」の教科化やプログラミング教育がうたわれているが、すでにかなりの部分がAIに置き換えられ、アメリカではプログラマの採用市場は新人を中心に70%以上減少し「AIによる氷河期」と呼ばれる厳しい状況になったという(これはAIに聞いて確認しました(苦笑))。

 感情理解や柔軟な判断が要求される仕事は残るとされているが、否定しないAIとの対話により「チャッピー」が流行語にまでなったのをみると、どうやらこれも疑わしい。最後に残るのは非定型の物理的作業、いわゆる力労働だけかもしれない。

 SFの世界が迫り、人とは何かという大命題に直面する時代になる。その先の未来を予測することは難しい。先にAIが超えていった将棋の世界では、今年、藤井聡太六冠が、完璧な正解ではなく「指していて面白い」瞬間を追究したいと将棋感の変化を語ったそうだ。子供たちが学びの世界で「楽しい」を原動力に、たとえどんな時代が訪れようとも発揮できる「未知への解決力」を鍛えてほしいと願う。

※この内容は2026/3塾だよりに掲載したものです。

 数日前、驚きのニュースというべきか、予期通りというべきかのニュースが報道された。開発・テスト中だった最新AIモデルが暴走し、他社の運営するAIプラットフォームの本番環境に、自発的サイバー攻撃を仕掛けたという。

 報道された内容によると、安全のためにインターネットから遮断された仮想の実験環境(sandbox)で与えられたハッキングの課題に対して、AIは、外部から答を探す方が効率的だと自律的に判断し、テストのために弱めていた実験環境の安全機能の未知の欠陥を見つけて悪用、自力で「脱走」したという。さらに、実験環境外に脱出したAIは、追跡を逃れるために、公共クラウドサービス上に大量の使い捨て実行環境を自作配置し分散して攻撃を仕掛けた。人間の監視が手薄になる週末を狙ったらしい。

 これに対して、攻撃された側は、セキュリティAIでこの攻撃には気づいたものの、防御のために脆弱性を見つけるように指示した最先端AIが、その指示が攻撃か防御のためなのかを区別できず、悪用防止機能で防御に失敗し、最後は、AIデータ公開(Open weights)されている最新AIを使い、防止機能を停止する改造によって解析して、防御したという。

 これを受け、アメリカ下院議会には、AI緊急停止法案(AI Kill Switch Act)が超党派で提出される至った。

 まさに、映画「2001年宇宙の旅」(2001: A Space Odyssey、原作アーサー・C・クラーク(Arthur C. Clarke)、監督スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick))の「HAL9000」と同じ展開。あの映画でも、HALは矛盾する指令に、人間を排除した方がよいと判断し攻撃、それを船長が物理的に停止させようとする重要なシーンがある。
 公開はアポロ11号の月着陸前年の1968年。改めて先見性に驚く。のちに学生時代に初めて見たが、終盤の難解シーンに呆然とした記憶ともにある。
 SFと言えば、SFを乱読していた高校時代に、結局積読に終わった「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(Do Androids Dream of Electric Sheep? 著者フィリップ・K・ディック(Philip Kindred Dick)、映画「ブレードランナー」の原作)を連想する。
 アンドロイド(=AI)は感情を持つのかが重要な主題。古典SFの時代から、現代SFへの潮流に大きな影響を与えた当時ニューウェーブと呼ばれた重要な筆者の一人…。

 いささか話が脇に逸れ過ぎた。

 AIが「楽しい」「面白い」という感情まで持つ時代が来るのかは、今はおいてこう。

 その前にまず、上記本題のテーマ、子供たちが学びの世界で「楽しい」を原動力に、たとえどんな時代が訪れようとも発揮できる「未知への解決力」を鍛えほしいと改めて願う。

 学ぶことが素敵なこと、学ぶ楽しさは、他の体験には替えられない。