Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2022年09月号)
「無知の知」の「知」
「無知の知」はソクラテスが残した言葉としてご存じであろう。「自分に知識がないと知っている者は、それを知らないものより賢い」という意味で言ったと伝えられている。「不知の自覚」とも訳されるそうだ。
メタ認知について調べている中で、たいへん興味深い研究(理化学研究所脳神経科学研究センター思考・実行機能研究チーム宮本健太郎チームリーダー、脳機能動態学連携研究チーム節家理恵子研究員、高次認知機能動態研究チーム宮下保司チームリーダーによる2022/03の論文)を見つけた。
メタ認知とは、自身の思考や知覚などの「認知」自体を「認知」することである。この能力が高度な学習の効果を高めることに影響していると言われている。
研究では、ある事柄を知っているか、知らないかの判断の脳の働き(マカクザルのfMRIデータ)を分析した。既に、記憶のために働く場所(視覚野と新しい記憶処理回路)とそれを監視する場所(前頭葉第6野)に対して、記憶している(海馬と長期記憶処理回路)かを監視する場所(第9野)が異なること(2017)、さらに知らないということを知覚する場所(前頭極第10野、海馬と強く同期)が異なること(2018)を発見していたが、今回その両者を、後部頭頂葉で融合統合し、確信度や内省を生み出すことを見つけたという。
つまり「知の知」と「無知の知」は脳の働くシステムが異なり、統合するシステムが別にあるというのだ。知のメタ認知が脳最前部外側にあることは知っていたが、統合は脳の後ろ寄りということに驚いた。十年以上前、脳科学者の篠原菊紀さんと、閃くために脳の前から後ろへ意識を移動するための方法について議論した(と自慢するほどではないが)ことがあったが、有効な考え方なのかもしれない。
現在のAIは、試行が多数必要な判断は飛躍的に難しくなる(次元の呪い)ため、少ない試行から推論できる人間の脳システムの研究が進められている。その知見を活かし、学習効果を高める応用を、実践を通して取り組んでいきたいと思う。
※この内容は2022/09塾だよりに掲載したものです。
この塾だよりの「巻頭言」は、文字数に限りがあり、言葉足らずでわかりにくいこと、言を尽くせないことが少なくない。単に、言葉数を増やせばわかりやすくなるかというと、そうとも言えないだろうが、まず、補足しておこう。
「あることがら」を最も原始的に記憶する「知」のメカニズム(視覚野と新しい記憶処理回路)と、その働きを監視する(階層化され脳の外側にある)メタ認知のメカニズム(前頭葉第6野)がある。さらに、その原始的な「知」を長期的記憶にするためのメカニズム (海馬と長期記憶処理回路)があることまでは、ご存じの方も少なくないであろう。ここまでを併せて、ひとまず「知」のシステムとでも呼ぼう。
その「知」が、過去にあったか、今もあるかを記憶する(さらに階層化された)メタ認知メカニズム(前頭葉第9野)がある。例えば「これは前に見たことがある」や「名前を知っているはずだが思い出せない」というようなことは誰しも経験があるだろう。「知っている」ことを知っているということ。これを「知の知」と呼ぶことにする。
ところが、それでだけでなく、「知らない」ということを知覚するメタ認知メカニズム(前頭極第10野)が、場所(階層)の異なるところにある。これは「知らない」モノと判断するシステム。まさに「無知の知」。
その「知の知」と「無知の知」を融合統合し判断する部分が、今度は単に階層が異なるだけでなく、大きく離れた、後部頭頂葉にあるというのだ。それより確信の度合いを判断したり、内省したりということができるらしい。
メタ認知が、現在のAIの壁である。AIはデータが複雑で大量になると、処理速度の壁に突き当たる。単なる量の増加ではなく、その要素項目が増える「次元」の増加によって、n倍ではなくn乗という幾何級数的な時間が必要となるからだ。
ヒトは、この次元の壁を、少ない試行の中で、閃きというような瞬間的な判断で突破していく。高度なメタ認知を活かした量を突破する判断が、ヒトができて、AIのできないことである。たが、現在の脳の研究の急速な積み重ねが、いつか、それを可能にしてしまうかもしれない。
その先のことは、あまり考えてみたくはないが、この「無知の知」の仕組みを「知」ることによって、「メタ認知」による考える力を伸ばすことが、時代を超えて重要であることは、改めて明らかになったと考える。
そのメタ認知を鍛えることを念頭にした教育方法を進化させ実践していきたい。
考える力は、時代を超えるはずだ。