Method for Essential Capability & Creativity |
教務 内田貴俊
「子どもたちの前に立つ存在として」
なぜ「教育」という分野にかかわる仕事を選んだのか。
最初のきっかけは「子どもたちが好きだったから」というものです。しかし、仕事を始めてすぐに、「子どもたちと関わることは生半可な信念ではできない」と気付くようになりました。「教育」とは教えることと育てることの2つの要素があって出来ている言葉です。まずは塾である以上、「学ぶということの楽しさ」を教え、成績を上げる必要性があります。そして、子どものたち前に立つ以上、子どもたちの「見本」となる存在として接していく必要もあるのです。だからこそ、「好き」という理由だけでは到底無理です。
私たちの塾では、1時間〜1時間半の時間で授業が行われます。そうした限られた時間の中で、学問が持つ真の面白さを伝え、かつ「見本」として、これから大人になって社会に出ていく子どもたちに希望も与える必要があるのです。つまり、「あー、こんなに楽しく生きている大人になりたいなぁ」と。
では、自分自身は実現できているのか。いつも悩んでいます。「今日も印象に残る授業になっただろうか」、「今回は、学問の面白みを伝えられなかった」、「まだまだ改善できたなぁ」等々。そして家に戻って、改善点を書き記します。
悩みに悩んでいた頃、電話がかかってきました。私の受け持っていた2年生の生徒の保護者の方からです。保護者の方と接することはそう多くないので、訊いてみました。「ご家庭でお子様は授業のことなど話はしますか?」と。返答はこうでした。「すごく話しますよ。帰る車の中でも『今日はこんなことを初めて知ったよ』と興奮して話してくれるので、先生がどんな授業をしているのか私も見に行きたいくらいです」
後日、また違う保護者の方と話をすることができました。同様のことを訊いてみると、「2年生になってから『社会が面白い』というようになりました。今までも嫌いではなかったんでしょうが、積極的に社会と言う科目を好きというのは2年生になってからです。私もびっくりしています」。
あぁ、響いてたんだ。それが正直な感想でした。「今までやってきたことが間違いではない」ということもわかりました。嬉しかったのも確かでした。
私の話す言葉の一つ一つが、私の一挙手一投足が、少なからず子どもたちに影響を与えます。そのため、「教育」に携わる仕事は責任重大です。しかし、その分やりがいも感じることの出来る仕事でもあります。
「自分は今日も、子どもたちの前に立つべき存在になっていたか」 今も問い続けています。
2013年9月