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2021合格者のことば

2021年版「合格者のことば桜咲く版」を公開しています。
http://www.jasmec.co.jp/gokaku/goukakusya.htm

あとに続く後輩たちに向けて書いてくれたメッセージより抜粋したものです。

ぜひ、ご覧ください。

[巻頭言2008/10より] 結果を分けるもの

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Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2008年10月号)

結果を分けるもの

 この夏の模擬試験の結果はどうだっただろうか。志望校判定を見て悲喜交々の時間を過ごしたかもしれない。もちろん模擬試験の結果は全てではない。その日そのときの出来に左右される部分も少なくない。偏差値の「発明者」桑田昭三さんの言葉を借りれば「試験の神様」が握っている点、その範囲を含めて見れば、やはり実力を表していることになるだろう。そして当然ながら、その結果を分けているのは、そのときまでの日頃の「行動」である。

 現在の成績だけを見て一喜一憂しているだけでは解決には繋がらない。「行動」のみが問題を解決する。まず現状を逃げずにしっかりと見つめて分析し、解決するために必要なものの優先順位を決めて、「行動」を起こすしかない。受験生にとって必要なことは、今、するべきことをすぐに実行すること。それがスムーズにできるようにするには保護者のサポートも欠かせない。

 受験生にとって重要な、難関高校受験研究会FPや受験面談の時期となる。保護者の皆様にも、十分に研究していただく予定です。

※この内容は2008/10塾だよりに掲載したものです。
 どんな分野でも、「優れた結果を残すために必要なことは、才能ではなく努力である」と考えている人ほど、諦めずにやり続け、結果を残すという事実がある。
 つまり勉強に努力する「行動」によって、偏差値の「結果」が変わるという因果関係が成り立つということで、これには異論はないだろう。偏差値は、その人の能力(才能に依存し不変のものと考えた場合の)を「評価」するものではなく、その途中経過の現在の能力(努力によって可変のものと考えた場合の)であり、これをみて現状の努力の有効性の度合いを測り、今後を改善するための「指標」に過ぎないはずだ。
 だが、この基本的な概念は、「数字が独り歩きしやすい」ためなのか、ときに正しく理解されず、誤解を受けやすい。「偏差値」は、誤解の被害者として悪者扱いされることが少なくなかった。1993年に起きた、脱偏差値、業者テスト禁止の騒ぎなどはその代表的できごと。「発明者」の桑田さんも、その不遇の扱いをなげいていらっしゃったようである。この稿を書くにあたって確認したら、5年前にお亡くなりになったようだ。業者テスト廃止騒動から少し経った頃だったか、所縁の業者テスト業者の方から、そのうち紹介しますよと、言われたままになっていたことを思い出す。お会いしてお聞きしたいことがたくさんあった。心残りである。改めてご冥福をお祈りするとともに、決意を新たにしよう。

 私たちが、正しく理解して、受験生たちが努力するための重要な「指標」として有効に使用することが、「偏差値」自身のためにもなるはず。
 偏差値を正しく活用して、受験生を指導し、応援していきます。

[巻頭言2008/09より] いよいよ実りの秋

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2008年09月号)

いよいよ実りの秋

 夏期講習が終了、いよいよその成果を発揮する秋、後期が始まる。

 受験生は、このあと模擬試験が次々とあり、その合格判定結果に一喜一憂するかもしれないが、模試とは、自分の現状を分析し、次までに克服すべき課題を具体化して、次の行動を起こすためのツールである。その機能を十分に活かして、勉強への努力が空回りすることなく、確実に実りのあるものとしてほしい。今後の道を切り拓くのは、本人の行動のみであるはずだ。

 そしていよいよ志望校選び。といっても受験生はなかなか時間をとれない。スクールフェアなどを活用して効率よく研究するしかない(併願校などの受験作戦は難高研FPや塾の面談にお任せください)。またシリウスの小4・小5のみなさんは今のうちに文化祭めぐりなどを十分にしておいてほしい。

 最後に中2・中1は、この時期は当面の目標がなく、脱線しやすい危険な時期となる。日頃の様子に目を配ること、そして「譲らない一線」をしつかり維持することが一番大切だ。細かいことばかりの言いすぎは禁物です。

※この内容は2008/09塾だよりに掲載したものです。
 まもなく夏期講習である。コロナ禍に対する対応に、長期的に意識を奪われ続けているうちに、早くも二巡目の夏を迎えようとしている。
 昨年は、最初の緊急事態前後の学校休校に対応する為に急遽、前半のカリキュラムを変則的にした影響で、夏期講習もカリキュラムと時間割を調整して最善を尽くした。今年は、まだ油断はできないものの、なんとか従来の枠組みに戻す形で乗り切れそうな見通しである。
 この夏が、素晴らしい「実りの秋」の準備の夏となることを願って、スタッフ一同、準備します。

[根岸英一博士の訃報に接し再掲載 その3]

(4つ下の「根岸英一博士の訃報に接して」からお読みください)

根岸博士のノーベル賞受賞記念公開講演を聞きました。

根岸博士のノーベル賞受賞記念講演を聞いた。

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会場は東大安田講堂。
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東大教授F君に先日会ったときに紹介されたので、参加した。

根岸先生のお話、中盤からは化学構造式などを交えての専門的な話で、有機化学がわからないと...??
だったが、理系出身なのでなんとか、だいたいどんなことを考えて研究されていたかは、掴めたつもり。
物理系出身ではあるが、昔、少しは有機化学を勉強していてよかった。もっとちゃんと勉強しておけばもっとよくわかったかもしれないが。

ご講演の中で印象深かった点を挙げよう。

最初のところで、ノーベル賞を受賞するとはとお話された。
10の7乗分の1くらいの可能性だと考えると宝くじより大変に見えるが、1/10のセレクションプロセスを7回通り抜けると考えると十分に可能性がある。すでに、3回くらいはパスしてところからスタートしている状態なら、あと4回。これなら十分チャンスがある。
なるほど、である。

続いて、研究で何を考えていたかを専門的なお話された。
そしてまとめで、人の研究や論文は、まず参考にする、だがそのままでは真似で二流以上にはなれない。
そこから先だ、と力強く話された。

最後に「これからをめざす若い人から質問を」に対して
Q:「もし人生をやり直すとしたら?」
A:「やっていくうちにうまくいく、こんな楽しいことはない、人の真似は楽しくない、発見で身体が震えた体験をする若い研究者もたくさんみた、そういうことをしながらお金も、そういうものはあまりない、スポーツ選手などもっともらえる人もいるかもしれないが、私はこの程度でも十分。好きな化学をもう一度やる」
そして、
「有機化学によって、エネルギー問題、環境問題、食糧問題を解決したい、遷移金属にはその可能性がまだまだある、今の自分では全部できないかもしれない。だからもう一度化学をやる」
「化学者のやるべきことはまだたくさんある」
と締めくくられました。

感動的で、こちらもちょっと涙ぐんでしまいました。

たくさんの勇気をいただきました。
研究内容の専門的な部分をお話されたときは、終始楽しくてしかたがないという様子で話されていたのがとても印象的でした。
素敵なときを過ごせた余韻を、キャンパスの綺麗に色づいた銀杏が見送ってくれました。
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時間がなくて会えなかったF君にも感謝!

[2010/12/01当ブログに掲載の記事]

[根岸英一博士の訃報に接し再掲載 その2]

受験勉強とは何か(その2)(続きです。その1からお読みください。)

受験勉強の本質の二番目は、自分自身の気持ちをコントロールする訓練であることだろう。

目的のために、自分自身で目標を設定し、行動し続けることで達成し成果を掴む。
目標を達成するには、行動し続けることが大切である。そのためには、習慣化が決め手となる。そしてその規律を保つことができるかが問われている。

自分の意思の力で、自分の感情をコントロールすることで、苦しいときもやり続け、結果を出すまで決してあきらめることなくやり続ける規律を保つ。
そのためのトレーニングの一つが受験勉強であると考えてみよう。
もちろん結果として成果を残すことも大切かもしれないが、たとえ、うまくいかずに苦しんだことであっても、大切な経験なのだ。思考錯誤しながら、プロセスを体験すること自体が貴重なのだ。そして若きの挫折は、決して無駄にはならない。

そう考えてみると、最近の現役志向には将来のためにならないケースも少なくない。自ら努力することなく、どこかに合格できればそれでよいでよいのだろうか。たとえ浪人してでも、目的のためならあきらめない精神力。もちろん、その意識が早く芽生えて結果として現役で合格するなら、それでよい。覚悟がないままの浪人では意味がないのだ。

しかし、受験戦争と批判を受けることが少なくない。確かに、膨大な単純記憶、知識を意味もなく暗号のように記憶することが受験勉強だとすれば、そのような単純記憶からは独創的な創造力は生まれない。そして、勉強が、難行苦行として、強いられていることは批判されるべきであろう。

だが、勉強の本質は、そのような知識の丸暗記ではないのだ。そして、我慢する試練の一種でもないのだ。

本来、知的な興味を持って、学び、未知の知識や考え方に出会い、その本質を理解した瞬間は、大きな知的な満足感が得られるものだ。人は誰でも「わかった」「できた」の瞬間は、感動する。
その達成体験をたくさんもつものほど、もっと知りたい、わかりたい、そしてできるようになりたいと願う気持ちも強くなる。知的好奇心にあふれ、わくわくどきどきする気持ちで学ぶはずなのだ。
そして、その気持ちは、勉強することでしか育たない。

「学ぶことは素敵なこと」なのだ。

[2010/10/17 当ブログに掲載の記事]

[根岸英一博士の訃報に接し再掲載 その1]

受験勉強とは何か(その1)

ノーベル化学賞を受賞した根岸英一パデュー大学特別教授は、受賞会見の冒頭で、「私は日本の悪名高い受験地獄の支持者だ」と発言したという。高度な研究になればなるほど「基本が大事になるから」、そしてそれは日本の教育で身につけたということらしい。

たしかに日本のノーベル賞受賞者は、有力な国立大学の出身者か、そこで研究で係わった人たちが占めている。
しかし世間ではよく、受験勉強では独創性は育たないとも言われることもある。

受験勉強の本質について、考えてみよう。

まず第一の側面。学力の基礎基本とは何か。

例えば、数学の問題について考えてみよう。大学入試に出題されるような微分積分の問題を考える。図を書いてそれを数式で表し極限を考えて解こうとする。その際に文字式や方程式の計算力は欠かせない。そしてもっと原始的な計算力、掛け算の九九などは無意識で、つまり潜在意識が処理することになる。

このように、思考するときの意識は何段階もの階層構造になっている。

同じように自転車に乗るときを思い浮かべてみよう。
自転車に乗るには、ハンドルのさばき方や、ブレーキ、ペダルをこぐ力と速さ、そして体のバランスなど、たくさんのことを同時にこなさなければならない。だが、サイクリングに出かけるときに、それを一つ一つ必死に考えているだろうか。
初めて補助輪をとって乗ったときなら「あっ、右右、ハンドルっ、ブレーキ、もっと右、バランスバランスっ」などとやっていたかもしれないが、上達するとそんなことは脳は考えていないはず。「次の角を右に曲がって、その先を左に」、道順は意識しているかもしれない。しかしサイクリングを楽しんでいるときは、それすら潜在意識でコントロールして、周りの景色や、顔に当たる風の心地よさなどに意識がいっているのではないだろうか。

原始的な思考を観察している、より上位の思考をする自分が存在する。このようなメタ構造で脳が働いている。脳科学の研究によれば、ワーキングメモリという脳の使い方を鍛えることで脳の能力が増すという。
そして、独創的な閃きは、下位の階層から自由に離れることができなければ、生まれないのではないだろうか。

受験勉強は、基礎基本を潜在意識に到達させる訓練になる。初めは大変なときもあるが、練習すればより簡単に落とし込めるようにもなる。受験勉強は、その脳の基礎的なトレーニングを集中して鍛える大切なチャンスであるのだ。

そして、より高度な脳の使い方、ワーキングメモリを自由に行ったり来たりする力を磨く数少ないチャンスでもある。日常生活の中でこのような階層を複雑にコントロールする必要があることはそれほど多くない。ワーキングメモリを使う、脳トレなどのゲームも流行ったが、受験勉強ほど複雑で多様な脳の使い方を要求するものはないのではないだろうか。

第一に、受験勉強は、脳を鍛える、そして脳の使い方をマスターする素敵なチャンスなのだ。

(続く)

[2010/10/13 当ブログに掲載の記事]

[巻頭言2010/11より] [根岸英一博士訃報に接しての掲載です]

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2010年11月号)

受験勉強とは何か

 ノーベル化学賞を受賞した根岸英一パデュー大学特別教授は、受賞会見の冒頭で、「私は日本の悪名高い受験地獄の支持者だ」と発言したという。高度な研究になればなるほど「基本が大事になるから」、そしてそれは日本の教育で身につけたということらしい。

 確かに基礎基本が大切である。それを鍛えるのに受験勉強は役に立つだろう。そして、保護者のみなさんの多くは、意志の力で自分自身の気持ちをコントロールし成果を掴むまで諦めずにやり遂げるという、困難を乗り越え達成する経験としての受験勉強の効用をあげるだろう。

 しかし、本質的な勉強を続けることで体験することができる、わかった瞬間、できた瞬間の感動を忘れてはならない。学ぶことはとても素敵なことなのだ。ぜひ受験を通して、学ぶことの素晴らしさを感じる心を育ててほしい。

 (公式ブログKan’s Blogに同内容の記事を掲載しています。ご覧ください。)
 (WebTVの若者にエールを贈るインタビュー番組「覚悟の瞬間(とき)」に出演しています。ご覧ください。)

※この内容は2008/08塾だよりに掲載したものです。
続けて再掲載のブログ記事をお読みください。

根岸英一博士の訃報に接して

今朝のニュースで、ノーベル賞受賞者の根岸英一博士の訃報が流れた。

そのニュースで、悲しみとともに受賞当時のことを思い出した。

この後4回に分けて、当時の巻頭言、ここのブログ記事(現在は削除されているので)を再載する。

最初の巻頭言とブログ記事の通り、受賞の会見で、いろいろと思うところを書いた。その後、東大大学院教授の高校の同級生と旧交を温める機会があり、その際たまたまご講演の機会があり、参加できるから案内するよという誘いで、東大安田講堂での記念講演に参加するチャンスを得た。

それらのエピソードを当時の文のまま掲載する。
安田講堂という場所のせいもあるのか、今も思い出すと少し涙ぐむ、熱く感動した特別な空間時間だった。

(残念ながら安田講堂内部の写真は撮影禁止でした)

追悼の意を込め、その気持ちを紹介するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

※その講演の映像が、東大から公開されているのを見つけました。リンクを紹介します。ぜひご覧ください。
(4つ目のブログにある「質問」は1:08:40あたりからです)

https://todai.tv/contents-list/2013FY/negishi/2010-1

全国統一テスト

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全国統一テストのシーズンである。

先日の日曜日は全国統一中学生テスト
来週の日曜日は全国統一小学生テスト
その次の日曜日は全国統一高校生テストと続く。

昨年は、コロナ禍で先が見えないまま、中止やオンライン受験などとなったが、今年は感染対策を徹底した上で実施。

それと同時に、事前対策授業や解説授業を、親子で体験できる企画も各校舎で同時に開催した。

そのアンケートにいただいた感想が上の通り(画面をクリックすると拡大します)。
概ね好評でした。

ご参加いただきありがとうございました。

[巻頭言2008/08より] チャレンジする夏

Shingaku Express / 誉田進学塾だより 巻頭言より
(2008年08月号)

チャレンジする夏

 夏期講習前期が終了した。後期まで休みとなる。この期間がひとり一人の塾生の成長にとって有意義なときとなってほしい。

 受験生は、前期の講習から最後の一日集中特訓までで、勉強に取り組む習慣ができたはずだ。手を抜かず、落ち着いて勉強していた。このペースを落とすことなく後期まで学習を続けてほしい。毎日、目標と優先順位を決めて一つ一つのことを解決していく。小さなステップに分解して達成を続けることが大切。継続こそ力なり、である。夏明けに、大きな力となって成果を発揮することだろう。

 受験生以外にとっては、さまざまなことにチャレンジできる時間。直接、点数として問われる学力だけでなく、直接目に見えないバックボーンとなる知識や知恵も大切だ。本を読んだり、普段経験できないところへ出かけたりすることで「未知なるもの」にたくさん出会ってほしい。そして、ぜひ自分の力でチャレンジするチャンスにもたくさん出会うことを期待したい。

※この内容は2008/08塾だよりに掲載したものです。
 当時の巻頭言は、まだお知らせの延長のような内容だった。スペースも少なく(今でも少ないので毎回字数制限で推敲に四苦八苦しているが)、内容も言い足りない。
 ここにこんな古いものを掲載するのも少々憚られるのだが、これも一種の記録である。

 読者の皆様、お付き合いいただきありがとうございます。
 とりあえず「継続こそ力なり」を細々ながら目指します。